某紙を読んでいたら、19世紀のジャポニスムにも根付など小規模な手仕事への注目があったとか。評論家O氏の訃報。『上を向いてアルコール』という依存症からの回復経験を綴った著書があるのそうだ。

TLSは人と機械との融合等のテクノロジーにによる治療と修復、さらにはエンハンスメント、不死の実現について。

某オンライン研究会で『差別の哲学入門』の合評会。自分が撮ったノートを見直しておくのを忘れるとか、やはりボケていて話についていけない。で、内職。あかんやん。

ローvsウェイド判決がひっくり返される日がこんなに早いとは。

FMラジオをつけたらあっちもこっちも山下達郎NHKは「三昧」で、民放の方は新しいアルバムの紹介だった。

夜になって渋谷陽一の番組を聴きながら『重い障害を…』。びわこ学園の開設。個人のイニシアティヴと父母の連帯による政府と社会への働きかけ。

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TLS。今号は不死について。そして夏の読書案内。

某金曜日に朝鮮画(現代の「共和国」のリアリスティックな東洋画)についての記事が出ているが、いちばん言いたいことはなんなのか不鮮明。

期日前投票。自転車でえっちらおっちら。

帰りに某書店のカフェに寄ろうと思ったらトークイベントのため早仕舞い。代わりに某珈琲店で『重い障害を…』。重症心身障害児施策の草創期。

夕食後も金曜日をパラパラ。

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沖縄慰霊の日。

某紙1面のコラムが「矛盾」について韓非子を引くところから始まり、何かと思うと「核抑止」論は矛である核兵器をもって核兵器から守る盾とするという、まさに矛盾ではないかと。うまいと言って感心している場合ではないのかもしれないが。

通院。次は都合により2週間後。

帰宅して、沖縄追悼式のラジオ中継を途中から。首相あいさつの時会場がざわめいていたがなんと言っていたのかは聞き取れず。

今シーズン初冷やそうめん。

ウクライナ増刊は、一部読み飛ばしたがこれで終わりとする。

『重い障害を生きるということ』。既成の言語の枠組みにうまく捕まらないところがあってうまく要約のノートが取れず、ほぼ書き写す感じのところも。意識されなくても、内部、内面に生じる快、不快とは。意識や感覚という概念も揺れている感じがする。

Eテレの中国語は学習的内容がミニマルまで縮減され、ドラマの紹介とかばっかりになってきたような。

TLSの古い号を見ていたら、I. マードックのクリスマスという記事が出ていたが、小説をちゃんと読んでいないとわからない内容で途中で放棄。確かに写真で見る部屋は散らかっている。

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通院で御所東方面。

採血、採尿の後、病院内の生協レストランで昼食。あらためて、外の食事は味が濃い。

別の病院に入院していた後なので、新しく出す薬と残薬の関係などややこしい。

雨が降るという予報ではなかったが、気温が上がったせいかにわか雨。

なんだか疲れた。

TLSの短評欄に韓国の現代作家の作品の英訳が取り上げられていたが、作家のナショナリティや物語に舞台についての言及はなし。

ウクライナ。巻末の翻訳が難読。訳者解題のみ目を通すことに。

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某紙「詩歌の本棚」は冒頭で「反詩」に言及。詩となり得ない体験についてなおも詩を書くとは。アドルノは「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」とも述べているが。既存の言語の向こう側にあるのが詩だとも言えるだろうが、さらにその限界を超えるものについても、人はなおも語ろうとしなければならないのか。

ウクライナ。戦争における情報統制とか男性表象とか難民の二重基準とか。

『重い障害を生きるということ』再読開始。糸賀一雄の思想の継承と展開をポイントに。

ウチの人と自転車でひさびさ鴨川。ちょっと暑いが風が気持ちいい。

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日曜論理学。述語論理における妥当性はごくざっくりと。

すもも、さくらんぼなどを食す。

ウクライナ。「専制主義」もまたグローバル資本主義の一部である。

『福祉の思想』読了。原理的な論述もあるが、当面する状況で当面の活動と課題について述べている趣が強い。50年以上も刷を重ね読み続けられているのはこれに代わるものがないからなのか。

バリバラの録画。2週続けての焼肉ふつうアップデートだが、そもそも肉を食うことの問題点は。そういえばヴィーガンとかハラルとか、フードプレファランスのマイノリティは取り上げられたことがあるのか。

朝夕2回の散歩。

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